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子供のころ〜時は流れて〜 セルフライナー
1. 子供のころ〜時は流れて〜
この曲ができたのは、2004年の11月です。
12月のライブで初披露させていただきました。
誰でも持っている子供の頃の思い出と、今を生きる自分。体と精神は大人になっても、「心」というものはそれほど変わっていない気がします。
そんな事を考えて、曲にしてみたいと思いました。
今回のテーマの言葉、「時は流れ流れて町並みは変わるけど 子供のころに見た空はそのままだった」というフレーズがありますが、それは空を見上げて私自身の中に生まれた言葉に違いないですが、子供の頃と変わらずにいる「心」というような意味も含んで作った事をここでみなさんにお伝えしたいです。
そして私は、生まれ育った宮崎県延岡市が最高に大好きなのです。それをどうにか表現したかったし、両親にもなかなか面と向かって「ありがとう」は言えないから、私がどれだけこの町と両親を想っているかをこの曲の詞に想いを込めさせてもらいました。

2. 果てなきものへ
この曲ができたのは、2002年です。
この年のライブに初めて両親が聴きに来てくれることになったので、両親に1曲作ろう、って思って作りました。
私は昔から、音楽は大好きでした。でも、それは歌う事ではなかったです。楽器を弾く事でしたね。でも何も長続きはしてなかったです。。。。。
そんな私が作詞、作曲、そして自分で歌う、という事に出会ってからこの都会で歌を唄うために生きていこう、って決めた事を両親に伝える曲にしようと思いました。
昔から何でも三日坊主の私が、人生をかけてやり抜こうとしているものが出来た事を、二人はこの曲を通して喜んでくれましたし、理解と応援をしてくれるようになりました。
本当に、父と母の愛情に包まれていたことへの感謝を、この曲に詰め込みたくて作りました。

3. 咲かせましょう、愛の花を
この曲ができたのは、2003年の2月です。
果てなきものへを書き上げ、本格的に2002年からシンガーソングライターとして活動を始めて、和佐田氏とも出会いましたが、何からどうすればCDを出せるのか?どうすればプロとしての活動にもっていけるのか?とにかく、何もわからずに手探りでした。
でも、やるからには絶対にこの東京で、日本中で!「小田ちはる」の名前を知ってもらえるような存在になる。そう決めて人生一花も二花も咲かせてやる!って意気込みの入った、スタートラインに立った曲のような気がします。
みんなが、気合入れて何かをやる時、家を出る前に聴いて出かけて欲しい曲です。

4. Long Distance Call
この曲ができたのは、2004年の3月です。
私の友人達の中で、宮崎県で一緒に過ごしてきた友人達とは、なかなか会うことができなくて淋しいです。
そんな遠距離の友人達、志保美ちゃん、稲垣ちゃん、有紀ちゃん。岩たん。
みんなへの曲を作りたい、優しい詞を付けたくて月野めぐみさんにコンセプトを話し、作詞して頂きました。
めぐみさんは私の思った以上に私の気持ちを汲んだ詞を届けてくれました。
その友人達の中に、高校三年間を毎日、寮生活&学校を過ごした大親友の志保美がいます。
彼女は宮崎県の中でも熊本に近く、五ヶ瀬町というところにいます。延岡から2時間以上もかかってしまうのですが、必ずどちらかが会いに行きます。もう高校を卒業してから何年も、何年も、年に1回。
でもその度に昨日まで一緒にいたみたいに話ができる。
この曲は志保美、君のために歌ってるんだよ。

5. 海からの唄
この曲ができたのは、本当に初期の頃。2000年の初め。
まだ私が音楽教室の仕事をはじめたばかりで、生徒にライブのやり方や曲の作り方を聞かれても何も教えてあげられず、どうしようと思ったのですが、自分もやってみれば教えられる、と思ってライブと作曲を始めました。
この時、作ってみた曲が4曲ありましたが、その中の1曲がこの海からの唄です。
音楽を始めたきっかけは失恋して沖縄へ行った事。この時書いた4曲のうち、3曲はこの失恋がテーマになったのを覚えています。
この曲は歌ってすぐから評判が良く、初めてこの曲をやったライブから、もう何年もこの曲を外した事はほとんどないくらい歌っています。
私にとってこの曲は、曲を作るという事に大きな自信をもたせてくれた曲でもあり、私のシンガーソングライターとしての始まりとなった曲になります。
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